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福島地方裁判所 昭和36年(ワ)166号 判決

原告 萩原君枝

被告 斎藤等

主文

被告は原告に対し金二〇万円及びこれに対する昭和三九年四月一八日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

この判決は第一項に限り、原告において金七万円の担保を供するときは仮りに執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し、金三〇万円及びこれに対する昭和三六年一一月二一日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに担保を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は亡斎藤リイの養子であつて、昭和三六年六月七日右リイの死亡により同女を単独相続し、同女の財産の二分の一の額を遺留分として受ける権利を有する。

二、亡リイは、生前の昭和三五年二月二三日唯一の財産であるその所有にかゝる福島県伊達郡梁川町字上町二五番の五宅地三三坪六勺(以下本件宅地という)を被告に贈与した。しかしながら、右贈与当時、亡リイ及び被告は、いずれも本件宅地が亡リイの唯一の財産であり、しかも同女が既に老令に達し、将来新たに財産を取得する見込のないことを充分承知していたものであり、従つて、本件宅地を被告に贈与すれば、原告の遺留分を侵害するに至るものであることを認識していたものであるから、原告の遺留分の算定の基礎に右贈与の目的たる本件宅地の価額を算入すべきである。

三、しかして、右相続開始時における亡リイの財産は他に何物もなく、原告が相続により取得した財産は皆無であつたから、右贈与は原告の遺留分を侵害するものとして減殺請求の対象となるものである。よつて、原告は被告に対し、本訴状をもつて右贈与の減殺請求の意思表示をなし、右訴状は昭和三六年九月六日被告に到達したので、これにより右贈与は失効し、本件宅地は原告の所有に帰し、原告は被告に対し本件宅地の相続開始時における価格金四〇万円の二分の一に相当する金二〇万円を遺留分過剰額として返還すべき義務を負担するに至つた。

四、しかるに、被告は、右減殺請求により本件宅地が原告の所有に帰したことを知りながら同年一一月二〇日本件宅地を金五五万円で他に売渡し、原告の右所有権を喪失せしめた。しかして本件宅地の右売渡時における価格は金五五万円であるから、被告は右売渡により原告に同額の損害を与えたものであつて、原告に対しこれを賠償すべき義務がある。

五、よつて、原告は被告に対し、右金五五万円から原告が被告に返還すべき前記遺留分過剰額金二〇万円を控除した金三五万円のうち金三〇万円及びこれに対する本件宅地の前記売渡日の翌日である昭和三六年一一月二一日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

六、仮りに、原告の被告に対する前記減殺請求の意思表示によつて、本件宅地が原告の単独所有に帰せず、原・被告が各二分の一宛の持分を有する共有関係が本件宅地に形成せられるに過ぎないものとすれば、原告は被告の前記売渡により右二分の一の共有権を喪失するに至り、右売渡当時における本件宅地の価格金五五万の半額金二七万五、〇〇〇円の損害を蒙つた。

よつて、原告は被告に対し右損害金二七万五、〇〇〇円及びこれに対する本件宅地の前記売渡日の翌日である昭和三六年一一月二一日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

七、仮りに、被告の民法第一〇四一条に基く弁償の主張が理由があり、原告の前記主張が認められないとすれば、原告は前記のとおり遺留分権利者として同条所定の価額の弁償請求権を有するから、本件宅地の相続開始時における価格金四〇万円の半額である金二〇万円及びこれに対する被告の民法第一〇四一条に基く価額弁償の意思表示の日の翌日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べ、被告の抗弁に対し、

一、被告主張の抗弁事実はすべて否認する。

二、民法第一〇四一条の遺留分権利者に対する減殺さるべき目的の価額の弁償は、現実に弁償することを要し、単に同条により右価額を弁償する旨の意思表示のみをもつては、右目的の返還を免れ得ないものである。

と述べた。

立証〈省略〉

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求め、答弁として、

一、請求原因一の事実中、原告が亡リイの養子であること、亡リイが原告主張の日に死亡し、原告がこれを単独相続したことは認める。

二、同二の事実中、亡リイが原告主張の日にその所有にかゝる本件宅地を被告に贈与したことは認めるが、亡リイ及び被告が右贈与により原告の遺留分を侵害するに至ることを認識していたとの点は否認する。

三、同四の事実中、被告が原告主張の日に本件宅地を他に売渡したことは認めるが、その余の事実は争う。右売渡時における本件宅地の価格は金三〇万円であつた。

と述べ、抗弁として、

一、本件贈与は、被告が亡リイをその死亡時まで扶養するという負担付贈与である。しかして、右贈与の目的たる本件宅地の本件相続開始時における価格は金三〇万円であるところ、被告は右受贈後、亡リイの扶養のために金三〇九、一〇〇円を出費しているから、負担が贈与の価格を上廻り、本件贈与は原告の減殺請求の対象となるものではない。

仮りに本件宅地の相続開始時における価格が原告主張のように金四〇万円であるとすれば、同金員から前記金三〇九、一〇〇円を控除した残額が減殺の対象となるに過ぎない。

二、仮りに、右贈与が負担付贈与と認められず、減殺請求の対象となるとすれば、被告は昭和三九年四月一七日午前一〇時の第二六回口頭弁論において原告に対し、右民法第一〇四一条により贈与の目的の価額の半額を原告に弁償し、その目的物の返還義務を免れる旨の意思表示をなす。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、原告が亡斎藤リイの養子であること、及び亡リイが昭和三六年六月七日死亡し、原告がこれを単独相続したことは当事者間に争いがない。従つて、原告は、亡リイの財産の二分の一の額を遺留分として受ける権利を有するものと認められる。

二、また、亡リイが昭和三五年二月二三日、本件宅地を被告に贈与したことは当事者間に争いがなく、証人斎藤千代の証言によれば、亡リイは、右贈与当時、飴、せんべい等の商を細々と営み、その日暮しの生活をしていたものであつて、本件宅地以外に格別の財産もなく、しかも既に七〇才を超える老齢であつて、将来財産を増加する見込みのない状態にあり、このことは亡リイは勿論、被告においても認識していたことが認められ、右認定に反する証拠はない。従つて、右贈与は、その当事者双方が遺留分権利者である原告に損害を加えることを知つてなしたものと認むべく、右贈与の目的たる本件宅地の価額は原告の遺留分算定の基礎に算入さるべきものである。しかして、右証言及び弁論の全趣旨によれば、本件相続開始時における亡リイの財産は他に何物もなく、原告において相続により取得した財産は、皆無であつたことが窺われるから、原告の遺留分算定の基礎とすべき財産は、右贈与の目的たる本件宅地の価格のみといわざるを得ない。従つて、原告は本件宅地の相続開始時における価格の二分の一の額を遺留分として受ける権利を有するものと認められる。

三、しかして、原告が本件訴状により右贈与の減殺の意思表示をなしたことは本件訴状の記載に徴し明らかであり、本件訴状が昭和三六年九月六日被告に送達されたことは記録上明らかである。

四、ところが、被告は右贈与は負担付贈与であつたと抗弁するので検討するに、全立証をもつてするも未だこれを認めるに足りない。かえつて、証人斎藤千代の証言によれば、亡リイは、養子である原告との折合がよくなく、原告の世話を受けることをいさぎよしとせず兄の娘である同証人及びその長男である被告等の世話を受けたいという希望をし、その旨を同人等に告げたところ、同人等が亡リイの立場に同情してこれを快く承諾したので、その世話を受ける一助ともなればという考えの下に本件宅地を贈与するに至つたことが窺われるのであつて、右贈与に至る経過に徴すれば、被告等が亡リイを世話するということは、右贈与契約に付加された負担ではなく亡リイが右贈与をなすについての動機、縁由に過ぎないものと認められ、他に右認定に反する証拠はないから右贈与を負担付贈与と認めることはできない。従つて、右贈与は減殺請求の対象となるものというべきである。

五、次に、原告は、右訴状の送達によつて、右贈与は失効し、本件宅地は原告の所有に帰し、原告は遺留分超過額として本件宅地の相続開始時における価格の二分の一に相当する額を被告に返還すべき義務を負うに至つたものであり、仮りにそうでないとしても、右訴状の送達により原告は本件宅地につき被告と各二分の一の持分を有する共有権を取得するに至つたと主張するのに対し、被告は、民法第一〇四一条により右贈与の目的である本件宅地の価額の二分の一の額を原告に弁償し、本件宅地の返還義務を免れる旨抗弁するので考えるに、減殺請求による遺留分権利者の右目的物に対する権利の帰属関係は兎も角、民法第一〇四一条は、減殺請求を受けた受贈者が、贈与の目的たる物の返還をなすか、減殺請求を受ける限度においてその価額を弁償してその物の返還義務を免れるか、そのいずれをとるかの選択権を有することを規定し、その選択を受贈者の意思にかゝらしめているのであるから、受贈者がこれを任意に選択し得ることはいうまでもないところである。

しかして、受贈者が価額弁償を選択する場合現実に価額を弁償しなければ、目的物の返還義務を免れ得ないものではなく、価額弁償による旨の意思表示によつても、目的物返還義務を免れ、爾後は価額弁償義務のみを負うに至るものと解するのが相当である。

何故なら、当事者間に争いのある場合においては、弁償すべき額は受贈者に必ずしも明らかではなく、裁判所の判定によつて、はじめて明らかになる場合が少くないから、かゝる場合現実に弁償しなければならないとすれば、受贈者に不能を強いる結果ともなりかねないのであつて、同条は受贈者に右選択権のあることを明示したもので、現実に弁償することを要件としたものとは解されないからである。

しかして、被告が昭和三九年四月一七日午前一〇時の第二六回口頭弁論において価額弁償の意思表示をなしたことは記録上明らかであるから該意思表示によつて被告は爾後右目的物返還義務を免れ、贈与の目的たる本件宅地の相続開始時における価額の半額を原告に弁償すべき義務を負担するに至つたものというべきである。

六、そうすると、原告の不法行為に基く損害賠償請求は、本件宅地の返還請求権を前提とするものであつて、その前提を欠くからその余の点について判断するまでもなく、失当といわざるを得ない。

七、そこで、民法第一〇四一条に基く価額弁償の請求について考えるのに、前記のとおり、被告は前記価額弁償の意思表示により贈与の目的物の価額を弁償すべき義務を負うものであるところ、証人岡崎正の証言によれば、右贈与の目的たる本件宅地の相続開始時における価格は金四〇万円であつたことが推認される(証人斎藤千代、同八巻富吉の証言中、右認定に反する部分は措信しない。)から、被告はその二分の一に相当する金二〇万円を価額の弁償として原告に支払うべき義務がある。

八、よつて、原告の本訴請求は原告が予備的に請求する右弁償金二〇万円及びこれに対する右価額弁償の意思表示をなした日の翌日であることが記録上明らかな昭和三九年四月一八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小野幹雄)

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